京大卒主婦が子供時代を振り返って|成績は?家庭環境は?塾・習い事は通っていた?

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この記事は、京大卒主婦による子供時代の回顧録です。

ざっくばらんに振り返っていきます。

 

子供の頃はどんな子だった?

内気で大人しい子。真面目な優等生。友達は少なく、いつも特定の子と遊んでいました。小学校の授業では、問題の答えは分かっているけれども手を挙げて発表できませんでした。

 

子供の頃から賢かった?

はい、賢かったです。でもズバ抜けて賢いという訳ではなくて、クラスの他の賢い子たちと同程度でした。幼少期は、言葉を話し始めるのが他の子よりも少し早く、1歳半で3~4語文(「○○が△△してるねェ~」など)を喋っていたそうです。

 

英才教育は受けた?

小中高と地元の公立校に通っていたので、いわゆる「お受験」は経験がありません。しいて言うならば、幼少期は幼児用のパズル1種類でひたすら遊んでいたようです。小学生の頃は習い事はピアノ(幼稚園~中学生まで)、習字(小学校高学年のみ)、スイミング(幼稚園~小学校高学年まで)を習わせてもらっていました。ベネッセの子供チャレンジを一時期やっていましたが、溜め込んでしまって続きませんでした。

 

小学生の頃の得意科目・苦手科目は?

小学生の頃は、理科・算数が少し苦手でした。それでもテストで90点を下回ったことはなかったと思いますが。得意科目はしいて言うなら国語でした。(大学受験時も理系なのに文系科目の方が得意でした。)

 

塾はいつから行っていた?

小学校6年生から算数のみ塾に行き始めました。その頃から周りで塾に行く子が増え始めたので、なんとなく塾に行った方がよいのではないかと母が考えたからです。中学生になってからいきなり塾に行き始めるよりも、小学生のうちから塾通いに慣れておいた方が良いのではないかとも考えてくれていたようです。

どこの塾に通うかは自分で調べて決めました。授業料のことはあまり考えず、通っている友達からの口コミで厳しすぎない所に決めたと思います。(授業時間が長い塾、居残りで夜が遅くなる塾、宿題が多い塾は嫌だなと思ったので。)

 

本やは好きだった?

小学校で読書の記録を付けさせられるので読んでいたけれど、とくに好きではなかったです。小学校高学年の一時期、父の本棚にある井上靖の小説を読むのハマったことがありましたが、すぐに飽きました。ちなみに中校生以降は、本をほとんど読んでいません。

 

テレビは見ていた?

家族と一緒に見ていました。晩ごはんの時にはニュース番組とアニメ、バラエティー番組がついていたと思います。とくにテレビを制限されてはいませんでした。

 

どんな遊びをしていた?

小学校低学年まではごっこ遊び、その後はオニごっこ、缶蹴り、自転車であてもなくウロウロしまくる、みんなでBOOKOFFで立ち読みする(迷惑ですみません)、など。

ゲームやマンガは制限されていた訳ではなく、嫌いだからやりませんでした。ゲームは弱すぎて勝てないし、マンガは読むのが苦手でした。

 

携帯電話は持っていた?

高校入学時まで持っていませんでした。中学生になると9割の子は持っていて、親からも「携帯もつ?」と聞かれていましたが、まだ要らないと言っていました。周りの子たちが、「きのう○○ちゃんにメール返信してもらえなかった」とか言っているのを聞いて、家に帰ってまで面倒くさい付き合いが増えるのは勘弁と思っていたからです。中学生くらいから、周りの子たちとの付き合いが少し面倒に思えることが多くなっていました。

 

毎日何時に起床・就寝していた?

小学生の頃は、7時過ぎに起きて21時台には寝ていました。周りの子はもっと遅い時間まで起きてテレビを見ている子もいたけど、うちは早く寝させられていました。

 

宿題は帰ってきてすぐにやっていた?

すぐにとりかかっていましたが、友達が誘いに来たら一旦中断していました。残りは遊びから帰ってきてからしていました。せっかちなので、学校にいる間に(例えば「終わりの会」が始まるまでの隙間時間とか、授業中に問題を早く解き終わって周りの子が解き終わるのを待っている時間とかに)宿題を進めていたりしたので、家に持ち帰る宿題の量はいつも少なかったと思います。

 

夏休みの宿題はどんなふうに進めていた?

せっかちなので、プリントは夏休みが始まってすぐに一気に終わらせていました。自由研究とか工作などの創作課題はなかなか手を付けず。思い切りが弱い性格なので、自由演技を求められるとなかなか方向性を決めるまでに時間がかかりました。

 

お母さんはどんなふうに育ててくれた?

とにかく褒めてくれました。テストを見せても褒めてくれたし、ピアノが上達しても、泳ぐのが早くなっても、絵が上手に描けても褒めてくれました。小学校の個人懇談に行った母が「先生があんたのことを褒めててお母さん嬉しくなったよ!」といつも褒めてくれたのを覚えています。妹をいじめたとき、お片づけをしなかったとき、野良猫の隠れ家を作って育てようとしたときは怒られたと思います。

 

お父さんはどんなふうに育ててくれた?

98点や99点のテストを見せるといつも、「100点を取る力があるはずだから、取りこぼしたのはケアレスミスだ」と言われました。「ちゃんと落ち着いて見直しはしたのか、見直し1回で取りこぼすのだったら2回しないといけない」と。でも、そのほかは基本的に褒めてくれていました。大人になってからも、ケアレスミスをする度に父の言葉を思い出しています。

 

子供の頃の育てられ方で京大受験に影響したと思うことは?

両親が勉強の成績を褒めてくれたおかげで、「自分は勉強が得意だ」と小さい頃から思っていました。また、どの教材を使うか、どこの塾に通うか、いつどんなペースで勉強するかといった「勉強の方法」を小学生の頃から自分で決めさせてもらえたので、勉強を強要されている感覚がありませんでした。勉強を自発的に楽しめる性格育ったことは、後の京大受験でもプラスに働いたと思います。

 

そのほか、父が98点のテストを認めてくれなかったこともあり、高得点を目指すのが当たり前という感覚が小学生の頃からありました。中学生になってもそれは変わらず、高校生になると高得点をとるのが難しいテストが増えましたが、現状に満足せずに努力を続ける姿勢が身についていました。おかげで京大を受けようと思い、そして合格するまで頑張れたと思っています。

 

以上、京大卒主婦による子供時代の振り返りでした。